2013年4月8日月曜日

360

レイチェル・ワイズ、ジュード・ロウ、そしてアンソニー・ホプキンスといった一般層でも知っていそうな豪華キャストに、『クィーン』『フロスト×ニクソン』『ヒアアフター』のピーター・モーガンによる脚本を、『シティ・オブ・ゴッド』『ナイロビの蜂』『ブラインドネス』のフェルナンド・メイレレスが監督。普通なら日本でも劇場公開されそうながら、Rotten Tomatoesでは散々な腐り様の本作。一昨年のトロントで御披露目されるも、劇場公開は昨夏になって漸く(そのまえに、アメリカではVODで公開されたみたいだし)。当然ながら(?)日本でも劇場未公開。WOWOWにて先月初放映され、来月にはDVDが発売予定。

というわけで、下げに下げたハードルが奏功してか、サンデー・トワイライトのうらぶれた胸中に程良い中途半端感だったからか、意外にもしっとりしっくり浸れた小品。まぁ、相当数の人物を交錯させまくろうとした群像劇なのに、観賞後に残る印象が「小品」って時点で失敗なのだろうけど(通常なら、そうしたところに違和なり欠乏を感じたりもするのだろうけど)、自宅で日没と共に眺めるにはもってこいのアンニュイさがちょっとお気に入り。

丹念に丹精なアドリアーノ・ゴールドマンの撮影は抜かりなく、静謐な昂奮の残り香が画面全体に漂い続けてる。『闇の列車、光の旅』『ジェーン・エア』等での見事な仕事ぶりに続き、ロバート・レッドフォードの最新作ジョン・クローリー(『BOY A』)の新作で撮影を担当。更には、メリル・ストリープとジュリア・ロバーツが主演を務めるという(他のキャストも超豪華!)「August : Osage County」(ピューリッツァー賞受賞戯曲で、舞台版はトニー賞受賞という強力原作で、プロデューサーはジョージ・クルーニー!)にも大抜擢。

そんな繊細な画づくりは微かな緊張感を持続させ、脚本も適度な緊張感を適度な間隔で注入する努め。ただ、時折綻ぶ緊張感が、心地好い弛緩と言うよりも、放り出された(ばら撒かれた)散漫さとして映ってしまう懸念もなくはない。固唾を飲むほどではない、そんな半端なサスペンスをどう捉えるかによって評価(というか好み)は大きく分かれそう。

『ヒアアフター』で挑んだ群像劇的ストーリーテリングを自分なりに発展進化させようとしただろうピーター・モーガンの企みは、成功しているとは言い難いものの、『ヒアアフター』にも流れていた「ぎこちなさリアリティ」がつかず離れずという交錯ドラマに独特の機能を果たしていることは確か。つまり、大きなことは起こらなくても、小さなことは起き続けてて、だから小さなことが起ってくる。何かが足りない「惜しさ」が終始拭えないながら、その不足感が物語における各人の「満たされなさ」とリンクしているように映ったとき、語りのもどかしさに物語がすっぽりと収まりだしたりもする。

キャスティングがハマり過ぎてて、その魅力に依存しすぎた気もするほどで、ジュード・ロウなんか久々に「今の彼」適正魅力を発揮していたり、ベン・フォスターが醸す空気は見事な「体現」。

個人的に注目だった男優は、娼婦派遣業を営む男を演じたオーストリアの俳優ヨハネス・クリシェ。彼はゲッツ・シュピールマン監督作「Revanche」に主演。同作はベルリン国際映画祭はじめ数々の映画祭や映画賞で高く評価され、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた。私も輸入盤(クライテリオンからBlu-rayが出てる!)で観賞したが、日本未公開なのが誠に遺憾な必見佳作。ちなみに、同じくオーストリアの俳優出身監督であるカール・マルコヴィックスの初監督作「Atmen(Breathing)」も同様に必見佳作。個人的にはかなり好きな作品群。最近の中欧・東欧映画は日本になかなか紹介されないものの、必見なものが多い。北欧映画もそこそこな数が紹介されているようだけれども、ジャンルに偏りがある気もする。「Revanche」や「Atmen」に関しては、そのうちちょっとした紹介記事でも書きたいとは思っている。ちなみに、「Atmen」は何と「なら国際映画祭2012」の新人コンペティションに参加していたらしく、カール・マルコヴィックスも来日していたとか。しかも、フィルム上映だったようで、知っていたなら遠征も辞すべきじゃなかった級の個人的ツボ映画。ちなみに、IMDbのトリビアによると、『360』でヨハネスが演じた役は当初カールが演じる予定だったが、スケジュールの都合で交代になったのだとか。

女優陣も皆好い味出しているのだけれど、中でも抜群にツボだったのが、娼婦の妹役ガブリエラ・マルチンコワ。彼女は、昨年公開されたマッツ・ミケルセン主演のアクション映画「Move On」に出演している。デンマークとドイツの共同制作で、監督はアスガー・レス(ドキュメンタリー畑出身で、『崖っぷちの男』の監督に大抜擢!)。脚本は『コントロール』や『ノーウェアボーイ』のマット・グリーンハルシュ。マッツ人気に乗じて(ソフト化でも放映でも好いから)日本でも公開を!


さて、そのガブリエラ・マルチンコワ演じるアンナは読書好きで、そんな彼女が読んでいるのは『アンナ・カレーニナ』。(先頃公開されたジョー・ライトによる映画版には、本作に出ているジュード・ロウが出てる!という斜め上なつながり!)そして、そんな二つの「アンナ」が呼び寄せたのが、マフィアのボス(?)の用心棒に嫌気がさしはじめているロシア人・セルゲイ(ヴラディミール・ヴドヴィチェンコフ)。この二人によるラスト・シークエンスは、天気雨が去った後の清々しさそのもの。ささやかでやわらかな幸福を両手でそっとすくってみるような。そこに流れるMedeski Martin & Woodの「Old Paint」が絶妙に心地好い"atmosphere"で包んでくれる。(セルゲイはその朝、妻から離婚話をもちかけられるのだが、そんな彼が心を通わせる相手が何となく妻と似ているアンナだというところが観客自由度高めな行間を創出してくれる。)

4月に入って仕事に心身を侵食されまくりな連日。ヨーロッパを旅するカメラ、多国籍多様な人々の往来、それらに束の間でもひたって叶うエスケイプ。現実に潜む地道な誠実とささやかな奇跡が、私たちを活かしてくれるのだとそっと背中を押してくれてる気がしたり。弱ってる証拠をかみしめるのも、強くなるための充電小休止。