2013年8月2日金曜日

都市の無意識

東京国立近代美術館(竹橋)に足を運ぶときのささやかな楽しみは、小企画。現在は「プレイバック・アーティスト・トーク」という壮絶な手抜き企画展がメインとなっているが、同会期で開催中の小企画「都市の無意識」の方がやっぱり断然の見応えだった。とはいっても、やはりあの小スペースなので、扱っている(目指している)テーマに比べて物足りなさは否めぬが、いずれこのテーマで本格的な企画展を開催しようと目論んでのちょっとした実験というか準備の一環なのではないかと勝手な憶測してみたり。

「アンダーグラウンド」「スカイライン」「パランプセスト」という三つのテーマで、写真を中心に構成されている。最初の「アンダーグラウンド」の部屋では、1966年の岩波映画「東京もぐら作戦」(25分)が上映されている。その「実録」的な映像によって喚起され想起する〈都市〉が秘めたるさまざまな貌。溝(どぶ)は表面から消え、地下(裏面)に潜る。人間の営みによって生まれる〈廃〉は地上から姿を消し、地下へと匿われ、私たちがそういった現実を日々の生活で目の当たりにすることはなくなってゆく。都市化とは、現実の空洞化によって得られる虚構の充満化なのだろう。

畠山直哉の「川の連作」。数枚単位で見たことはあったが、今回のように9枚が横に連なっている展示は更に見応えがある。「意識的な自我」と「無意識な自我」に分裂してゆく様と符合するかのように都市が見え始めると語る畠山。各々が「等価」であるかのごとき二等分でありながら、縦の配置によって生じる「天地」「上下」の関係がそこにはある。下(水面)には上(街)の姿が映し出されている。どちらが意識で、どちらが無意識なのか。もはや区別も領分もないのだろうか。いや、それらはちょうど鉄道のように、「相互乗り入れ」があちこちで起こって来ているものなのかもしれない。

「スカイライン」の部屋では、スティーグリッツの小さな写真から始まり、火野葦平『アメリカ探検記』の挿絵として関野準一郎が描いた「墓とニューヨーク」が都市の再考に立ち止まらせる。ロサンゼルスに行ったとき、私はサンタモニカのビーチで、週末のたびに砂浜に並べられる数多の十字架を目撃した。イラクなどで亡くなったアメリカの軍人たちを悼むため、ボランティアがビーチに十字架を並べていたらしい。当初は亡くなった数だけ並べていたが、その数が余りにも厖大になり続けるために、一定の数を並べるように変更したという。週末にだけ砂浜に並べられる十字架は、その都度植えては片付けられる。そのすぐ向こうには観覧車があり、メリーゴーランドがあり(『スティング』に出てくる)、家族連れからカップルまで大勢で賑わい週末を楽しんでいた。そんな光景と余りにも重なり合う画に(しかも、それが東海岸と西海岸という見事な合わせ鏡のように)潜在を顕在化させることで闇を葬り去ろう(駆逐しよう)とする〈都市〉の自虐な自律に自浄な事情を思わせもした。

続く久保田博二(マグナム・フォト正会員でもある)の「ニューヨーク市、ニューヨーク州」(1989)に目を奪われる。黒いシルエットのビル群に差し込む幾筋かの赤色陽光が、まるで地割れによって浮かび上がろうとするマグマを思わせる。夜明け前の都市の静寂がもつ不穏に耳をすますとき、破滅への胎動が聞こえてくる?

勝又公仁彦の「Skyline」シリーズは都市の権威を優しく美しく諫めてくれる。画面の九割超を占める空(そら)。地上のどんなに高いビルでも、ほんの数センチという誤差の世界。映画でも、最近この構図に頻繁に出会う。『風立ちぬ』でも執拗なまでに用いられていた(今までの宮崎作品などで象徴的に用いられたりした記憶が私にはない)「不自然」による自然への回帰。

最後の部屋は「パランプセスト(Palimpsest)」。ここには、普段は常設展にある佐伯祐三の「ガス灯と広告」があり、常設よりも本領発揮の居場所に活き活きして見える。また、高梨豊の写真は、同美術館で2009年に開かれた彼の個展「光のフィールドノート」でも展示されていた「都市のテキスト 新宿」シリーズから。

やはり、扱うテーマに対してこのスペースは、この作品数では物足りない。しかし、そうした飢餓感は、次なる本格展への期待へと高まってゆく。〈都市〉をテーマに絵画・彫刻・写真は勿論、映像の記録や映像作品なども含め、音響などによる演出やコラボまでも駆使し、世界史的な都市と日本史的な都市の変遷と現在を浮かび上がらせる。そんな企画展が近い将来開かれる、そんな期待を秘かに膨らます。

※メイン企画の「プレイバック・アーティスト・トーク」は、大盛況だったベーコン展の反動かのような粗末さながら、入場者は文庫サイズの小冊子(出品者のトークを文章化したものを集めている)をもらえたりする(免罪符なのか!?)ので、650円とお安い設定でもあるし、一応そちらも見てから常設展と小企画を観るって流れもありかと。ちなみに、メイン企画も小企画もあと二日で終了で、最終日の8月4日は常設展と小企画は無料観覧日に当たるとか。